自分の好み・理想や性的魅力と「本命」

結論から言いますと「本命」は、自分の好みや理想ないし自分が性的魅力を感じるタイプとは関係無く存在します。結果的に「本命」が自分の求めていたタイプと一致していれば幸いですが、その保証は全くありません。例えば、多くの場合独身者は異性であることが強く意識されるタイプを結婚相手としてイメージしています。ところがこのホームページのやり方で判明した自分の「本命」が、たしかに一緒にいて違和感は感じないが、異性として魅力を感じないという場合があります。その様な相手と結婚するということは、人生に1回しか経験出来ない結婚に対して抱いてきた夢を捨てなければならないことを意味し、強い抵抗を感じる人もいるでしょう。そしてもしこの時、「本命」ではないが自分の求めていたタイプの異性が現れて来たら、そちらを選びたくなるでしょう。この場合、どちらを選ぶかは本人の自由です。ここでは結婚相手が「本命」の場合と「好みで選んだ」場合とで、どの様な違いがあるかについてお話ししましょう。

“愛し合っているかどうか”ではなく、”お互いに必要としているかどうか”

「本命」を選ぶということは、言い換えればお互いに「好き」「愛している」かどうかではなく、お互いに本当に「必要としている」かどうかで選ぶということです。 前述の食べ物に例で言えば、お菓子やステーキではなく、ご飯や味噌汁かどうかということです。

甘いものが好き、コーヒーが好き、タバコが好き、ジェイアンツ(プロ野球)が好き、等々は、「好き」であっても「必要としている」ものでないことは、知性で判断出来ます。 ところが結婚相手に関しては、性欲も介入して来ることもあって、知性だけでは判断が難しいです。 いままで解説してきた開閉感覚を働かせることによって、このことが正しく判断出来る様になります。すなわち

→ 好きでも身体が必要としていなければ閉

→ 好きでなくても身体が必要としていれば開

“必要で無いのに好き”は中毒現象

「身体が必要としていないのに好き」「身体が必要としているのに好きでない」というのは中毒現象と言えましょう。従って中毒から解放されれば開閉感覚と一致する筈です。 日常的に色々なことを開閉感覚で判断するようにして開閉感覚が身に付いて来ると、開Sに接したとき絶対的感動が生じる様になりますが、このレベルに達すると中毒から解放され、「好き」「好きでない」という心が身体の要求に従う様になります。

中毒による好き嫌いで食べ物を選べば体を壊すのと同様、中毒による好き嫌いで結婚相手を選べば健全な家庭を築くことは出来ません。 本命以外のカップルの恋愛時代の「好き」「愛している」の心は、一生続くものではなく、結婚後長くても5年位で燃え尽きてしまいます。 熱が冷めると、お互い相手に対するに違和感に気付く様になり、関係を悪くしたくない場合は、自分は自分、相手は相手、と割り切る様になります。

双方あるいは片方の両親が本命カップルで無い場合の本命カップルは結婚後10年間は不穏な時期が続く

一方本命のカップルの場合には、オーダーメイドの様にぴったり合っているために、その合わせ目にちょっとした異物を入れておく余地も有りません。 そのためお互いが独身時代(主に両親の家庭)から引きずって来た異物が追い出される不隠な時期が10年間位続く場合があります。 これは特に双方の両親の相性が本命でない場合に生じます。この時期を経過すると、お互いに無くてはならぬ存在であることを実感する様になり、絶対的安心感を伴った不動の結びつきが実現します。

愛は結婚後に生まれ、育って行く

結婚前の恋人同士でいる時と、一緒に生活を始めた時とでは違う面が現れて来ます。結婚生活は独身時代の付き合いの延長線上にはありません。結婚前にお互いに抱いていた「恋心」をベースに結婚後の「愛」が築かれて行くのではありません。結婚前の「恋心」は結婚すると一粒の泡として大海の中に消えて行きます。そして本当の「愛」は結婚のスタート時点にはゼロの状態で、その後お互いが成すべき役割を全うして行くことによって少しづつ築かれて行くものです。

また相性面だけでなく人間性に関しても、後天的に形成されている表面的な部分に惑わされずに、本質的な部分を見抜いておくことが大切です。結婚すると隠されていた本性が必ず現われて来ます。

結婚を決断する時期

頭では本命と結婚した方が良いと思うが、心はどうしても本命以外のものに惹かれるという場合は、「開閉感覚起動法」のページをテキストにしてしっかりと開閉感覚を起動し、生活のすべての面に開閉感覚を使いそれに従う習慣をつけ、「心の中毒症状」から解放される様になって下さい。これはタバコをやめようとするのと同じで簡単なことではありませんが、決心すれば出来ます。そして人生に間違い無く革命が起きます。ただし中毒から解放されるまで待つことが賢明とは言えない場合も少なくありません。

お試し期間としての同棲は本命カップルには厳禁

結婚には適切な時期というものがあります。前述の通り、愛は結婚してから二人によって築かれて行くものです。本命の相性であることが判っているならば、双方の人間性に余程の問題が無い限り、結婚というプールに飛び込んで泳ぎ始めれば、当初の懸念事項は時が解決して行くことになるでしょう。心配なのでしばらく同棲してみて、良かったら結婚するという方法は勧められません。本来の結婚とはその様に買い物をするが如く比較検討して決めるものではなく、本命の相性の者が一緒になって、それがはじめはどの様なものであっても、年月をかけて立派なものに育てていくものだからです。多かれ少なかれ本命が一緒に生活し始めると当初のしばらくの期間は、双方がそれぞれ独身時代に背負い込んだ後天的な不調和因子が表に押し出され、これで本命なのかと思われる様な不穏な状態を経験することが起こる場合があります。正式に結婚していればそのことがこの荒波に対する一つの防波堤になるのですが、同棲という「お試し期間」ではこの荒波に呑まれ、せっかくの本命カップルが離散してしまうということになりかねません。本命であることが分かっているならば、適切な時期にためらうことなく結婚すべきです。

結婚したら生涯続く

決断の助けとなる考え方を、前述の食べ物の例で一つご紹介しておきましょう。本命と結婚するか、本命以外と結婚するか、という選択は、例えて言うと、これから死ぬまでの間に食べる食品をすべて今注文しなければならないとして、「ご飯」を注文するか、好物の「ステーキ」とか「お菓子」とかを注文するか、という選択と同じです。その決断時に念頭に置くべきことはもちろん、一旦注文を出したら、それを食べるのに飽きようが体を壊そうが、それしか食べ物は無いということです。結婚相手の選択において考慮すべきことは、それ位単純明快なことです。

本命以外との結婚

本命同士であっても、一方ないし双方の人間性に重大な欠陥がある様な場合は、結婚してうまく行かないことが予想されます。また過去にすでに本命との縁を逸している場合があります。これらの事情で本命との結婚が出来ない場合には、独身でいるよりは結婚した方が実生活の面で良いと考えられる相手であれば、本命でなくても結婚した方が良いでしょう。この場合もし平穏な結婚生活を求めるのであれば、相性が「開」で、しかも金タイプ同士・プラチナタイプ同士でない相手を選ぶべきです。「閉」の相性では無難な結婚生活を期待するのは難しくなります。 また本命以外と結婚する場合は相手の人間性を冷静に見極めることが極めて重要です。そのためには自分の目を通して相手を見るだけでなく、客観的な第三者の目からはどう見えているかも可能な限り情報を集めて判断すべきです。

本命以外の夫婦を緊張から安心に転換する方法

客観的に数字で統計を取ったことはありませんが、我が国は他の国々に比べて極めて本命カップルの夫婦が少ない国です。結婚はすべての土台になるものですから、本命以外との結婚=緊張が土台になっている国となっております。緊張は感性に蓋をするものですから、それを補うために知性を偏重することになります。知性は大切ですが、知性は感性と両立させた時に真価が発揮されるもので、知性のみですと実状から離れた無意味な産物が多くなります。また知性だけですと人生は”生きている喜び”からどんどん離れて行きます。

この状況を改善するには、本命夫婦以外から生じる緊張を安心に変換する必要があります。日本人は感性不足を知性で補うことに長けておりますので、その特徴を生かすのです。

緊張がベースですと自分がその一部である”全”から離れて”個”に執着する様になりますが、それですと”全”の流れに乗ることが出来ませんので何事もうまく行かなくなります。そこでまず本命以外の夫婦であっても自分達が”全”の一部であることを知性でしっかり認識します。その上で”全”の立場に立って事を成して行けば、”全”の流れに乗って進む様になり、それに伴って緊張が安心に変換されます。それに伴って夫婦間の緊張も安心に変換されて行きます。このことについて夫婦で合意が得られなくても、どちらか一方が真理に気が付いてその方向へ舵取りして行けば、”全”の流れに乗る様になります。

“全”にとって”個”が”全”の一部であることを意識し、”全”の流れに乗って生きて行こうとする意志を持っていることが極めて重要で、その意志があるだけで”全”からエネルギーが来る様になります。そのためには「周りの役に立つ」「周りを生かす」ことによって「自分が生かされる」という法則を忘れない方ことが大切です。

日本人は知性を働かせるのは得意ですから、判断する時にその知性を”個”の立場ではなく”全”の立場で働かせれば、私達が”個”である以前に”全”の一部であるという真理を容易に理解出来る筈です。この真理に気が付きそれに則って生きて行けば、緊張は去り安心が訪れます。そしてこの生き方が軌道に乗った時には、”全”の一部としての感性が蘇っている筈です。その様な夫婦が増えて来れば、生き生きとした日本が戻って来るでしょう。